イントロダクション

理論の発祥

1970年代、イギリス有数の建築学・都市計画学の名門校であるロンドン大学University Collage London(UCL) バートレット校において、初期のスペースシンタックス研究が生 まれました。その中心人物は、ビル・ヒリアー教授です。ヒリアー教授は、住宅の間取 りや都市の街路などを対象に、個々の場所の特性を「繋がり方、関係性」という要素に 着目して、数学的に(グラフ理論を用いて)分析する、という全く新しい空間分析手法 を提案しました。
これによって、「場所」の機能や性質が「周囲との関係」で決まることが明らかになり ました。そして、場所のデザインが、人の空間認知やそこでの行動などを通じて、周囲 に社会的な影響を与えることが、様々な調査や分析によって示されました。 ちなみに「シンタックス」とは、言語学分野の統語論、つまり、単語と単語を組み合わ せて文(意味)をつくる仕組みの理論ということです。空間にも、施設と施設、施設と 空間、空間と空間などの関係性によって、機能や価値が生まれるということです。

学術研究における発展

この理論が、専門誌等で発表されると、その革新性から多くの議論がなされました。多 くは好意的なものでしたが、この理論のアプローチが既往の交通計画や都市計画のモデ ルと大きく異なるものであることから、誤解や反発も多かったようです。それでも、ス ペースシンタックスの研究者は徐々に広がり、現在では、世界の各地域で多くの研究者 が取り組んでいます。国際シンポジウムが2年に一度開かれ(2015年に第10回となる)、 毎回100本を超える論文が発表されています。
初期に開発された指標だけではなく、現在までに多くの解析方法や、GISによる都市空間 データを用いた分析なども行われるようになっています。また、理論が生まれた1970年 台には、グラフ理論を用いた指標計算は、「手計算」で行われていましたが、コン ピューター技術の進展・汎用化によって、より広範囲かつ複雑な対象を扱う研究が可能 になっています。

実務における応用と展開

スペースシンタックスの研究が注目され始めたころ、ロンドンでは、住宅団地の治安の 悪化など、多くの都市問題を抱えていました。その多くは、近代化の過程で造られた大 規模かつ複雑な構成の構造物であり、新たな分析・検討手法が求められていました。こ れらの問題の理解、解決法の検討に、スペースシンタックスの研究が用いられたのです。 また、その後の都市改造、都市再生のプロジェクトにおいても、スペースシンタックス の関与が望まれたことから、1989年に、大学発のベンチャー企業として、英スペースシ ンタックス社が設立されました。初期のメンバーで、現在も代表のティム・ストナー (UCL客員教授)は、英国政府による多くの検討組織の委員を務めたり、国際会議等で の基調講演を行うなど、幅広く活躍しています。
英スペースシンタックス社は、ミレニアム・ブリッジ、トラファルガー広場の再生、オ リンピック会場周辺のレガシー計画の検討などのロンドンの主要プロジェクトだけでな く、イギリス国内外、近年には、新興国における大規模な都市建設マスタープランなど の実績もあります。

BillHillier
ビル・ヒリアーBillHillier教授
The Social Logic of Space (1984)
The Social Logic of Space (1984)
ティム・ストナーTimStonor
ティム・ストナーTimStonor