4
金沢21世紀美術館の空間特性を分析する

4:金沢21世紀美術館の空間特性を分析する

多方向性 / 水平性 / 透明性
― 金沢21世紀美術館の空間レイアウト的な特徴と現況

金沢21世紀美術館のレイアウト的な特徴:
1 裏側のない開放的なつくり
2 独立した展示室とそれを結ぶ動線空間
3 仕切りによって変えられる範囲設定
つまり、「街とつながる」「街のような」構成が意図されています。

かつての典型的な展示施設では、中央にコリドーがあり、そこに展示室の入口が複数存在しつつ、 展示室が相互につながり連続した経路をつくっている、という形態が多かったと言えるでしょう。 一方で、金沢21世紀美術館はレイアウトそのものに可変性があること、正面性(方向性)が強調されていないこと、周囲に開く形態となっていること、などが特徴です。 これにより、一般的な施設と比べて、多様な行動パターンが発現する可能性のある施設となっています。

多方向性 / 水平性 / 透明性
金沢21世紀美術館の空間レイアウト的な特徴と現況

多方向性 / 水平性 / 透明性 金沢21世紀美術館の空間レイアウト的な特徴と現況

建築デザインのコンセプト
多方向性 / 水平性 / 透明性

これにより、以下のようなレイアウト的な特徴を生み出しています。

金沢21世紀美術館のレイアウト的な特徴:
① 裏側のない開放的なつくり
② 独立した展示室とそれを結ぶ動線空間
③ 仕切りによって変えられる範囲設定

  • 金沢21世紀美術館のレイアウト的な特徴:
  • ① 裏側のない開放的なつくり
  • ② 独立した展示室とそれを結ぶ動線空間
  • ③ 仕切りによって変えられる範囲設定
  • 金沢21世紀美術館のレイアウト的な特徴:
  • ① 裏側のない開放的なつくり
  • ② 独立した展示室とそれを結ぶ動線空間
  • ③ 仕切りによって変えられる範囲設定

もし、正面玄関が1カ所だったらどうでしょう?

玄関から近い部分である「表」側と、
玄関から遠い部分である「裏」側ができます。

人が表側に集中し、裏側は寂しい場所になりがちです。

金沢21世紀美術館では、

出入口が四方にあることにより、ほとんどの場所が外部と近い関係、

つまり「表」面になっています。

  • 金沢21世紀美術館のレイアウト的な特徴:
  • ① 裏側のない開放的なつくり
  • ② 独立した展示室とそれを結ぶ動線空間
  • ③ 仕切りによって変えられる範囲設定

金沢21世紀美術館の基本的な構成です。
有料(展覧会)ゾーン内の展示室はどれぞれ独立し、
動線空間を介して、つながっています。

その周囲を無料(交流)ゾーン が取り囲み、
ぐるっと一周することができます。

先ほど見たように、
無料ゾーンには複数の表があり、
それらが互いにつながっていますが、

もし有料ゾーンを開放すると・・・
「外から近い」関係の場所が、さらに増えます。

つまり、
さらに「街のような」 「街とつながる」
空間になる、と言えます。

有料ゾーンを2つの展覧会に区切って使用する際、無料ゾーンを含む館全体の動線空間のつながりはどうなっているのでしょうか?

インテグレーション(近接中心性)を見ると、展覧会入口、チケット売場、レクチャーホール周辺の指標値が高くなっています。このあたりに多くの人が集まりやすい配置になっています。

有料ゾーンは「奥」となっており、その機能に相応しい配置と言えます。

さて、有料ゾーンと無料ゾーンの区切りをなくして解放した場合の
インテグレーション(近接中心性)はどうなるでしょうか?

中央付近、東西を貫く軸が最も指標値が高く主軸となることがわかります。
また、動線が交差するところで、
局所的に赤くなっている部分があることがわかります。

これは、「街」が持つ特性とよく似たものです。

  • 金沢21世紀美術館のレイアウト的な特徴:
  • ① 裏側のない開放的なつくり
  • ② 独立した展示室とそれを結ぶ動線空間
  • ③ 仕切りによって変えられる範囲設定

先ほど、有料ゾーンを2つの展覧会に区切って使用する際の「動線」のつながりの分析結果を見ました。

さて、金沢 21 世紀美術館の特徴のひとつとして「透明なパーティション(区切り壁)」があります。

このパーティションは、有料ゾーンと無料ゾーンの区切りや、出入口の設定などのレイアウト変更を可能にする要素でもあります。

このLab.4 Space Syntax では、範囲・出入口の設定を様々に変えて、レイアウト的な特徴の変化について分析、考察していきます。

画像

画像

画像

画像

画像

この検討を通じて、Space Syntaxや、映像解析の技術開発を行うこととともに、金沢 21 世紀美術館の建築的特徴をより良く「理解する」ことを目指します。

これにより、地域に開かれた新たな形態の美術館としての機能がいっそう深まり、これまでよりも快適に、この美術館の空間的な特徴がさらに印象付けられていくことを願うものです。

行動調査
リサーチサポーターとの協働

行動調査 リサーチサポーターとの協働

lab.4 Space Syntax における行動調査の目的

美術館建築における人の移動行動の傾向を理解する

Space Syntaxは、都市の街路構成や公共空間、大規模な商業施設などの計画・デザイン検討に用いられています。文化施設については、英国などでいくつかの事例があるものの、美術館などにおける人の空間認知や移動行動についての知見はまだ十分に蓄積されているとは言えません。ここでは、美術館建築に特有の人の移動行動をより深く理解したいと思います。

金沢21世紀美術館の空間レイアウト的特長を理解する

ここまでの展示では、金沢21世紀美術館(以下、21美)の特徴として、「裏側のない開放的なつくり」「独立した展示室とそれを結ぶ動線空間」「仕切りによって変えられる範囲設定」について見てきました。行動調査を通じて、これらの建築的な特長が人の行動にどのように影響しているのか、また、特長をもっと生かすにはどのような方法があるのか、などについて考えてみたいと思います。

lab.4 Space Syntax における行動調査のポイント

美術館特有の行動パターンとは何か?

商業施設などでは、店舗や商品が「誘客要素」になります。多くの誘客要素があるところは「人通り」が多くなります。しかし、そもそも中心的な場所には自然に人が集まり、店舗等もそのような場所に配置されやすいことも事実です。つまり買い物する人は「中心的な場所に集まりやすい」というのが基本的な行動パターンとなります。
では、美術館ではどうでしょうか?買い物とは異なる論理で行動を決めるはずです。それは何でしょうか?

休館中の調査で、リアリティのある移動を実現するには?

今回の調査は、休館中に実施したため、展示作品の代わりに「カード(美術館の秘密が記されている)」を各展示室に配置しました。参加者は、カードを見つけて読むことを主目的としながら、自由に歩いていただきました。なお、順路は設定せず、展示室番号(普段は展示室入口に掲示)を隠して、できるだけバイアスが生じないようにしました。レイアウトを変えて、21美の特長を浮き彫りにすることを目指しました。

概要

休館中の2日間に、金沢21世紀美術館の空間特性をより良く理解するための調査を行いました。

4回の調査で、のべ 140名を超えるリサーチサポーターの皆さんに参加いただきました。

リサーチサポーターA (参加者
休館中の館内に設定した疑似的な展覧会ゾーンで、観覧行動をしていただきました。

リサーチサポーターB (リサーチャー
参加者の動線や行動を記録していただきました。

調査日時
2020年
[1] 1月17日(金) 10:00〜12:00
[2] 1月17日(金) 14:00〜16:00
[3] 1月18日(土) 10:00〜12:00
[4] 1月18日(土) 14:00〜16:00

当日の様子

リサーチャーの皆さんには、説明会に参加いただくなどして、調査手法をマスターしていただきました。

参加者の皆さんには、番号のついたビブスを身に着け、当日出された「お題」 (美術館の秘密カードを見つける)に従いながら館内を歩いていただきました。

調査開始前のミーティングの様子

調査シート

結果、192枚のデータシートが得られました。(下:一部抜粋)

3つのレイアウトパターン

レイアウト1:全開放型
パーティションを全て開放し、自由な回遊を許容するレイアウト
レイアウト2:南北縦割型
順路を指定しなくても、自ずと北から南へと移動しやすいレイアウト。
レイアウト3:中央通開放型
中央を無料ゾーンに開放しつつ、二つのエリアを設けるレイアウト。

レイアウト1 全開放型
パーティションを全て開放し、自由な回遊を許容するレイアウト

レイアウト1 全開放型 パーティションを全て開放し、自由な回遊を許容するレイアウト

まず、レイアウト1の特徴を見ていきましょう。

  • 通常は、有料ゾーンを隔てるパーティションがあるため、このようなレイアウトはめったに見られません。
  • 事前のミーティングでは、リサーチサポーターから「ぜひ、全開放状態を体験してみたい」という声が複数、聞かれました。
  • 円形の平面プランの中に「四角」や「円」の箱が置かれているような(あるいは、街のなかに建物が点在するような)21美の特徴を実感できるレイアウトです。

今回の実験では、実際の美術館出入口近くの4カ所(a〜d)を開始地点としました。

例えば…、こんな行動が見られました。
(データシート#64)

  • 展示室を廻りながらカードを探すことに集中している様子です。
  • 気づいた展示室から順次入ってみる。そして室内に他の出口があれば、そちらから出る。という感じです。
  • 最も多く見られるタイプの行動です。

こんな行動も見られます。
(データシート#169)

  • 仕切りのない美術館全体を楽しもうとしているような動きが見られます。
  • 大きなループを描くように、また展示室も通り抜けられるものを選んでいるようです。
  • カードを探すことには、あまり気を留めていない様子です。

さらに、こんな方も・・・ 。
(データシート#190)

  • 小さいお子さんと一緒に参加された方です。
  • 外周を楽しく歩きながら、時々、展示室への立ち寄りを試みている様子がわかります。なかなか苦戦しています。
  • のように非常に多様な動きのパターンが見られます。

さて、全体像に迫りましょう。

まず、本多通り口(東口)付近の地点 d を起点とする移動軌跡です。

14サンプル得られました。

良く見ると、多くの人が通っている場所と、それほど通っていない場所があることがわかります。

通路ごとに通った人の数を見てみましょう。

赤っぽい印がある通路は、多くの人が通ったところ、青っぽい印がある通路は、少ない人が通ったところ、凡例にあるとおり、黄~緑色が中間です。

当たり前ですが、移動の始点から近いところは多くの人が歩いています。ただ、けっこうバラついているようにも見えます。

どうやら、展示室を抜けて通れる(2カ所の出入口がある)部屋を通り抜けている人がかなり多そうです。

一方で、場所によって、あまり多くの人が通らない通路部分があるのではないか、と考えられます。

次に、各展示室に着目して、立寄り人数を見てみましょう。

最も立寄り人数が多い(全ての人が立ち寄った)のが、始点から比較的遠い「展示室13」でした。

2方向から見える場所に出入口があることにより、最も認知しやすい展示室となっています。

一方で、タレルの部屋は2人しか立ち寄っていません。空間分析でも最も「奥まった」場所であることがわかっていますが、やはりそのような位置づけになっているようです。

次に、市役所口(西口)付近の地点 b を起点とする移動軌跡です。

23サンプル得られました。

この起点から歩きはじめると、南東側に歩き進めることが多いことがわかります。

通路部分の一部は、局所的に低い値を示しています。2カ所の出入口がある展示室内を通り抜ける人が多いことが影響していると考えられます。

展示室の立寄り数では、やはり「展示室13」が最も多くなっています。

出入口が1つしかない展示室は、軒並み低い立寄り数を示しています。

次に、広坂口(北口)付近の地点 c を起点とする移動軌跡です。

14サンプル得られました。

この起点から、やや遠い通路に多くの人が歩いているのがわかります。

展示室の立寄り数では、「展示室7・8」が最も多くなっています。

やはり、2つの出入口を持つ展示室を介した動きが多いようです。

次に、柿木畠口(南口)付近の地点 a を起点とする移動軌跡です。

19サンプル得られました。

この起点から近い、南側エリアの通路に多くの流れが見られます。

ただ、展示室の立寄り数では「展示室7」が最も多くなっています。

やはり、2つの出入口を持つ展示室を介した動きが多いようです。

ここで、
4つの起点からの、すべてのデータ(70サンプル)をあわせてみると・・・

このようになります。

立寄りの多い展示室の近くに、通過人数が少ない通路があったり、立寄りの少ない展示室の近くに、通過人数が多い通路があったりと、少し意外な部分も見られます。

なぜ、こうなったのでしょうか?
空間指標を用いて考えてみましょう。

仮説 ① 展示室の入口の視認性が経路選択に影響を与えているのではないか。

  1. 美術館では、「作品」(今回はカード)を見つけることが、主要な行動の動機づけとなる。
  2. 次の「作品」は「展示室」にあることがわかっているので、まだ入っていない「展示室」が探索目標となる。
  3. 今回のように 「展示室」番号の掲示や順路の設定が無い場合、展示室の「出入口」を探して経路を選ぶことになる。

つまり、
「展示室の入口がアトラクター(誘引要素)」となって、経路選択を行っている
と考えられます。

そうだとすると、
入口が目視しやすい展示室では自ずと立寄りが多くなるのでは?
と考えられます。

Space Syntaxの空間指標を使って、調べてみましょう。

入口が広い範囲から目視できる展示室の例

入口が広い範囲から目視できる展示室の例

左図の矢印の先あたりから、展示室8の入口が見えている

入口が広い範囲から目視できる展示室の例

左図の矢印の先から、ぎりぎり展示室13の入口が見える

入口があまり広い範囲から目視できない展示室の例

入口があまり広い範囲から目視できない展示室の例

入口があまり広い範囲から目視できない展示室の例

もう少し前に進むとカプーアの部屋の入口が見える

動線空間おける立ち止まり行動データも見てみましょう。

まず、交差点部など、視覚的な環境が変化する(見える範囲が広がるなど)の場所で立ち止まり行動が多いことがわかります。

そのほかに「展示室の入口」付近での立ち止まりが多いことがわかります。

やはり、観覧者にとって「次の展示室の入口を探す」 というのが、経路選択の重要な要素になっているようです。

仮説 ① 展示室の入口の視認性が経路選択に影響を与えているのではないか。

→ 実験調査によって確認できました。

商業施設などではレイアウト的に「中心的な場所」に人が集まりやすい傾向がありますが、美術館では、その場所から見える「次の展示室入口」が重要な経路選択要因になっているようです。あたりまえのようですが、入口の「見え方」を定量的に捉えて適切に計画すれば、より自然に経路選択できる状況をつくれることができるかもしれません。

次に、レイアウト2とレイアウト3の調査結果を見てみましょう。

レイアウト2:南北縦割型
順路を指定しなくても、自ずと北から南へと移動しやすいレイアウト。
レイアウト3:中央通開放型
中央を無料ゾーンに開放しつつ、二つのエリアを設けるレイアウト。

レイアウト2 南北縦割型
順路を指定しなくても、自ずと北から南へと移動しやすいレイアウト。

レイアウト2 南北縦割型 順路を指定しなくても、自ずと北から南へと移動しやすいレイアウト。

  • 29人のデータが得られました。
  • うち、23人が最初に展示室10 → 9 へ。次に、21人が展示室8 →7へと進んでいます。つまり、7割以上が前半に同じような経路です。
  • 後半は、22人が、まず展示室6に入っていますが、その後は、経路がばらついています。
  • 32人のデータが得られました。
  • うち、20人が最初に展示室11に入りましたが、それ以外の方の多くは、混雑を避けるために敢えて展示室11を後回しにして、展示室12に進んだようでした。最後の立寄り室は、16人が展示室14、7人が展示室11でした。
  • 29人のデータが得られました。
  • うち、半数以上の16人が全く同じ順番(14→7→8→9→10→11→12)で展示室を廻っています。
  • 32人のデータが得られました。
  • うち、17人が(13→4→3→2→…)の順で、前半の展示室を廻っていますが、全体的に経路のばらつきがあります。

ここで、参加いただいたリサーチサポーターの皆さんにいただいた、各パターンについての感想から、キーワードを見てみます。
黄色がポジティブな意見、グレーがネガティブな意見です。

同じレイアウトでも、人によって全く逆の印象を受けているようなこともあるようです。

コメントから導き出した評価軸・ポイント

このような点が、評価の良否にかかわっているようです。

美術館の空間は、互いに相反する期待を期待されることもあり、単純な機能追及が難しい施設であると言えます。

仮説 ② 狭い/広い、経路の選択肢が多い/少ない、空間的に表の部屋/奥の部屋、など、企画意図に応じて多様な展覧会ゾーンを設定できるのが21美の特徴ではないか。

例えば…

クロノロジカルな展示やストーリー性の強い展示の場合は、

2Aのように「順路をつくりやすく、迷いにくい配置」が適しています。

展示室
10 → 9 → 8 → 7 → 6 → 2
という順路を設定すると、

前半:ストーリーに集中
中盤:中央付近で一度ブレイク
後半:佳境~クライマックスへ

という流れができそうです。

「ゾーンの入口からの近接性」が
高い(=部屋の入口が赤い)
展示室から順次、入室するのが
自然な行動です。

実際、今回の調査でも、自然にこのような順番で動く人が多く見られました。

左の2名の方は、別の日・時間帯の参加者でしたが、ほとんど同じ動きをしています。

ヴァリエーションとして…

ゾーンに展示室14を加えて、展示室1を除く、
そして、展示室2の周辺に出口を設ける…

というのも良いかもしれません。

そうすれば…

歩き進めるにしたがって展示室の指標値が明解に、赤~橙~黄~緑~青と連続的に変わるので、迷わず確実に展示のストーリーに従えそうです。

また、展示室1を範囲外とすることによって、展示室6の前での分岐がなくなり、順路がより明確になります。

一方の、ゾーンBを見てみましょう。

展示室14に、どのタイミングで入るか、
少し迷いそうです。

展示室14をゾーンAに移せば…

ストーリー性をもっと高めることができそうです。

もうひとつ良いことがあります。

展示の中盤で、視覚的にも印象的な光庭を通るため、さらに印象的な「ブレイク」をつくることができるのではないでしょうか。

また、例えば…

展示室ごとに個別のテーマを設定する展覧会や、作品ごとに違ったコンセプトを提示する展覧会の場合は、

3Bのように「ザッピング的に気ままに楽しめる配置」が適していると言えます。

レイアウト3 中央通開放型
中央を無料ゾーンに開放しつつ、二つのエリアを設けるレイアウト。

レイアウト3 中央通開放型 中央を無料ゾーンに開放しつつ、二つのエリアを設けるレイアウト。

ゾーンの入口を中央の東西動線沿いにすると、経路の最初が、比較的広い場所になります。

展示室13のあとは、光庭の角で経路が分岐し、展示室4側か、展示室6側かの選択になります。

入口からの近接性は両方面ともあまり変わらないため、どちらか迷う人もいるでしょう。

また、この位置からは、展示室2、3方面も見通せ、期待感を抱きやすいと言えそうです。

実際、このレイアウトでは、辺りを見渡す行動が多く見られました。3Aのレイアウトの倍以上、記録されています。

最後に、3Aのレイアウトは、どのような展示に向いているでしょうか?

作品と合わせて空間そのものを楽しむ展示や、展示空間と作品との関係性が強く、展示空間のプロポーションの違いやスケール感などを強調する展示

が考えられます。 なぜなら…

このゾーンの展示室は、平面形状や大きさが異なるだけでなく、天井高の違い(例えば、展示室7と8)を活かすこともできます。

また、比較的大きい円形の展示室14が最初の部屋となっています。ここで展示の概略をつかんでから、その後の展示へと「旅に出る」ような感覚を持つこともできるのではないでしょうか?

仮説 ② 狭い/広い、経路の選択肢が多い/少ない、空間的に「表」の部屋/「奥」の部屋、など、企画意図に応じて多様な展覧会ゾーンを設定できるのが21美の特徴ではないか。

→ レイアウトによって、様々な特性の展覧会(有料)ゾーンを構成することができる。

動線空間によって互いにつながる「独立した展示室」で構成される21美の建築。今回の実験では、通常の使われ方とは異なる4つの展覧会ゾーンを設定して、調査を行いました。この調査データや Space Syntaxの指標化を用いることによって、特徴が際立つレイアウトを提案することができました。

最後に、無料(交流)ゾーンについて考えます。

→ここまで有料(展覧会)ゾーンの配置をみてきましたが、その配置によって…

レイアウト2:南北縦割型
順路を指定しなくても、自ずと北から南へと移動しやすいレイアウト。
レイアウト3:中央通開放型
中央を無料ゾーンに開放しつつ、二つのエリアを設けるレイアウト。

無料(交流)ゾーンのレイアウトも決まります。

レイアウト2:南北縦割型
無料(交流)ゾーンは、展覧会ゾーンの周りを取り囲むため、移動動線は長くなりがち。
レイアウト3:中央通開放型
2つの展覧会ゾーンの間に、東西の貫通動線ができるため、中央部を通り抜けられる効率の良い経路ができる。

今回の実験調査に参加いただいたリサーチサポーターの皆さんから、無料ゾーンについても多くのコメントをいただきました。

“中央に交流空間がとれるのは、魅力的。”

“無料ゾーンがセンターという考え方が面白い。”

“3A、3Bの入口となっていた東西に延びるスペースが無料ゾーンとなるのはとても面白い。”

“無料ゾーンの大通りはとても魅力的。今後、再開館する美術館でもぜひ見てみたい。”

“従来の動線には感じられなかった、無料ゾーンを横断をしながら左右の有料展示の雰囲気を感じられるのは良い体験。”

このように、多くの方が感じられた「面白さ」「魅力」。
もっと生かして、伸ばしていけないものでしょうか?

仮説 ③ 交流(無料)ゾーンにおいて、もっと多様な空間体験を提供できるのでは。

「まちに開かれた公園のような美術館」というのが、21美の特徴のひとつです。その重要な要素が、無料(交流)ゾーンです。

一方で、今後、有料(展覧会)の混雑を避けるためにも、無料(交流)ゾーンでの人の行動や分布を考えることが重要になりそうです。

レイアウト2、レイアウト3のレイアウト特性を、空間指標を見ながら考えましょう。

近接中心性指標は、動線のつながりの良さ、活動の集まりやすさを表します(展示1)。レイアウト2無料ゾーンの動線空間について指標値の分布を見てみましょう。

分析結果を見ると…、レイアウト2では「コ」の字型の部分の指標値が比較的高くなっています。

西側(市役所側)の指標値が、全体的に低くなっています。

レイアウト3では、無料ゾーンの東西が直線でつながっており、近接中心性の指標を見ても、最も動線的に強い軸が現れています。

21美周辺エリアの東西を結ぶとともに、美術館内を効率よく移動できる動線、多様な回遊動線ができるとともに、光庭などの21美の建築的な個性や、展覧会ゾーンの雰囲気などを感じることができる場所を無料で提供できることになります。

仮説 ③ 交流(無料)ゾーンにおいて、もっと多様な空間体験を提供できるのでは。

→ 貫通動線によって、これまでと違う移動パターンが生まれる。

円形の平面プランですが、現況のレイアウトでは(レイアウト2の配置と同様に) 「コ」の字型に歩くことが多くなり、西側の円弧部分は、やや足が向きにくい場所となっています。
もし東西の貫通動線ができれば、「まち」の目抜き通りのような中心軸が出現し、複数の回遊経路が可能になります。東西エリアの関係が近くなることから移動効率も高まりそうです。

まとめ

まとめ

ここまで3つの仮説について考えてきました。

仮説 ① 展示室の入口の視認性が経路選択に影響を与えているのではないか。

仮説 ② 狭い/広い、経路の選択肢が多い/少ない、空間的に表の部屋/奥の部屋、など、企画意図に応じて多様な展覧会ゾーンを設定できるのが21美の特徴ではないか。

仮説 ③ 交流(無料)ゾーンにおいて、もっと多様な空間体験を提供できるのでは。

まず、① 21美における人々の経路選択の特性を調べました。美術館に特有の人の行動欲求が見られるとともに、21美「ならでは」の動きも確認しました。また、② 展覧会(有料)ゾーン、③ 交流(無料)ゾーンそれぞれについて、これまであまり試みられていなかった新たなタイプのレイアウトを提案し、それらの特徴やメリットについて示しました。

Space Syntaxの代表的な指標は、近接中心性 Integrationと呼ばれるもので、これは、「活動の起きやすさ」や「場所の(経済的・社会的な)ポテンシャル」と深い関係があるとされています。したがって、繁華街の通りや商業施設やにおいては、この指標が大きい場所は人通りが多く、高い来店者数や売上げが期待できる場所となります。これが、Space Syntaxが、街や建築の計画やデザイン検討に活用されている所以です。

しかし、今回、美術館(展覧会ゾーン)においては、近接中心性は人通り分布との関係はあまり強くないことがわかりました。

美術館では、中心的な場所に行きたいということよりも、その場所に居ること展示作品との出会いを楽しめることが重要、ということかもしれません。そのため、まずは各自のペースで展示室を廻ることが基本になるでしょう。今回、あらためて、ゾーンの入口・出口展示室の入口・出口位置関係がカギを握ることが確認できました。

ここまで、お付き合いいただきありがとうございました!

lab.4 Space Syntaxでは、美術館建築を対象として「空間指標」と「人の行動」の関係について考えてきました。

感覚的な議論になりがちな「仮説」を実際のデータや分析を通じて証明したり、それを通じて新たなレイアウトを構想するプロセスを示しました。Space Syntaxは、50年近くも世界中で研究されてきていますがまだまだ発展途上であり、今回の映像解析を用いた調査(展示3)なども含めて、今後の展開が楽しみです。

また、今回の行動調査を通じて、21美の「可変性」によって生み出される様々なレイアウトの魅力について、一端を示すことができたと思います。

調査における<全開放>パターンでの、生き生きとした多様な移動パターンが、交流(無料)ゾーンでも見られるようになれば、周囲の都市空間・公共空間にも溶け込んだ新たな美術館の姿を示すことができるのではないでしょうか?

lab4. Space Syntax空間レイアウト調査にご参加、ご協力いただいたリサーチサポーターのみなさん、どうもありがとうございました。

今後も、みなさんと議論を続けていくことができればと願っています。