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空間レイアウトと人間の認知・行動との関係を観察する
空間レイアウトと人間の認知・行動との関係を観察する
3:空間レイアウトと人間の認知・行動との関係を観察する

イスの配置が変わると何が起きる?
― 小さな実験と観察調査の試み
人がそこを通る。全てはそこから始まります。 イスがある。座る。周りを見る。何かに気づく。 他者との距離間、視界に入る人の動き、ちょっとしたコミュニケーション...。都市的な現象が、ここで起きています。
金沢21世紀美術館の一角で、イスの配置によって、館内の空間レイアウトを変える実験をしています。 イスの配置によって、歩行や着座の行動が変わるか? ひとりで長時間座りたい人は、どのような場所を好むか? イス同士の距離がどれくらいまでだと、グループでの会話が弾むか? 美術館では作品鑑賞以外にどのような時間のすごし方があるのか? 小さいようで、奥の深い実験と言えるでしょう。社会的な、街かどのような、美術館の側面をいくらか示すことができるかもしれません。
イスの配置が変わると何が起きる?小さな実験と観察調査の試み
イスの配置が変わると何が起きる? 小さな実験と観察調査の試み
都市の、なんでもない日常のひとこまです。
通り過ぎる人がいます。座る人がいます。
あなたなら、どの席に、どちら向きにすわりますか?

ひとりで休憩する人、カップル、ファミリー・・・。
年齢層やグループの人数によって、滞留行動(座る、立ち話をするなど)のパターンは異なるでしょうか?
また、イスなどの配置によっても、使われ方が変わるでしょうか?

多くのベンチを置いても、あまり使われていない場所があります。
なぜでしょうか?

多くの利用者に快適に使われ、
多様な行動や良い交流を促す。
そんなイスの配置とは、
どのようなものでしょうか?
これまでにも、欧米のアーバンデザインの専門家を中心に、滞留空間のデザインのありかたや、そこでの人々の行動特性について述べられてきましたが、明確なエビデンスが得られているわけではありません。
目指す状況に対して、最も適した配置を選ぶために、今回、仮設のイス30脚を用いて、実験を行います。

Responsive Environments, Paul Murrainほか(著)佐藤圭二(訳)1985(原著)2011(和訳版)
最初のレイアウトがこちらです。
窓際に2脚ずつ8脚、壁際に6脚、動線に囲まれた部分に4脚ずつ16脚、配置しました。
どこが良く使われるでしょうか?
イスの使われ方(周囲を眺める、休憩する、話をするなど)の傾向は、場所によって違うのでしょうか?

貴方の行動、予測されていたかも?ほぼリアルタイム:今日の様子
貴方の行動、予測されていたかも? ほぼリアルタイム:今日の様子
さあ、データを取ってみましょう。
このようなタイプの分析では調査員による手作業での調査が主流ですが、今回は、テクノロジーを用いた新たな調査手法の開発に挑戦しています。
近年急速に発達しているディープラーニング(深層学習)などの技術を用いた人物検出及びトラッキング(追跡)により、来館者の移動軌跡、滞留行動(座った位置、滞在時間)などのデータを得ます
これによって、コンピュータが得意とする常時計測や大量データの解析・傾向の把握と、経験や勘も含めた専門家による知見・判断との、豊かな相互作用を生むことを目指します。

数週間ごとにイスの配置を変えて、パターンが変化するのかどうか?どんな差異があるのか?について、考えます。
もちろん、その理由については、Space Syntaxの空間指標を用いて、「つながり方」の観点から考察します。
単に利用者数という「量」だけでなく、コミュニケーションなど社会的な行動や豊かな空間体験といった「質」についても、エビデンスを用いた議論ができる状況を目指しています。
実験の成果は、随時更新していきます。お楽しみに。

貴方の行動、予測されていたかも?
― ほぼリアルタイム:今日の様子
いえいえ、貴方ご自身に注目しているわけではありません。 そこで起きている「現象」をデータ化することが目的です。 でも、もしかすると「あ、これ私かも。こんな動きしてたのね」 ということがあるかも...。
人の動きに関するデータを得るためには、これまで現地で調査員が観察する方法が主流でしたが、 今回は新たな調査方法に挑戦しています。 機械学習などのデータ解析技術の発展は、映像に映っているものを直ちに認識することを可能にし ました。映像の中の「人間」の特徴をコンピューターが学習し、「これは人間です」と即座に判断で きるようになったのです。この技術を用いて得られたデータと、Space Syntax の空間指標とを比較検証することによって、美術館でのすごし方に適したイスの配置を考察します。

今回の実験調査のターゲット
今回の実験調査のターゲット

“何人いるのか?”

“どこを、どんなふうに歩いているのか?”

“どこで、何をしているのか?”
1.公共的な空間での人の行動(パブリックライフ)の調査への映像解析技術の活用可能性を調べること
これらの調査は、調査員による現地での「観察」調査を基本にデータ化を行っています。調査員が現地に「居る」ことによって得られる情報は、多様かつ詳細で、その場所に特有なものも含まれます。ただ、現地での調査やデータの入力には多大な労力がかかり、頻回に行うことが難しいという短所もあります。
一方、ビデオ映像の解析によるデータ化は、一度システムを構築すれば、常時データを得ることができるという利点があります。これらの異なる手法の長所を生かして補完的に用いることが可能なのか、今回の実験調査で試行しました。




2.休憩用のスツール(イス)のレイアウトの違い、位置の違いによる、使われ方の違いを示すこと
美術館の休憩スペースにおかれる座具は、どのように使われているのでしょうか?ここでは、ひとり掛けのスツールを使って、その設置位置による「使われ方」の違いを見ていきたいと思います。まず、ここで「座ろう」と思うかどうか?また、座るスツールを選ぶことができるときに、どの位置を選ぶか?
レイアウトによって、使われやすい位置と使われにくい位置ができるのではないか、また、特定の行動(写真撮影など)のために使われやすい位置があるのではないか、このような点について検証することを目指しました。
技術の概要
技術の概要
この実験調査では、市民ギャラリー入口付近の天井に据え付けたカメラ(一般的なウェブカメラ)とPCを使って、データ取得を行いました。撮影した映像から位置情報のデータを得るためにはプログラムが必要です。今回、その核心部分は、米・ワシントン大学のJoseph Redmon氏らが開発したYOLOという物体検出のアルゴリズムを用いています。これは画像の中から物体と思われる領域を検出し、その物体が何かを識別する、深層学習の手法を用いた技術です。研究者の多くは、このようなプログラムを公開し、技術の発展に寄与する情報を共有しています。今回は前述のようなターゲットのために、できるだけ簡便な方法でデータを得ることを目指しました。
参考:Joseph Redmon, Santosh Divvala, Ross Girshick, and Ali Farhadi, You Only Look Once:Unified, Real-Time Object Detection, 2016
展示の様子
展示の様子

5分間撮影した映像を現地に設置したPCで処理した後、速やかに、今回の展示室であるデザインギャラリーに設置したディスプレイに、以下のように展示しました。
実験調査の概要
実験調査の概要



期間中の99日間、美術館西側の交流ゾーンにて実験調査を行いました。
以下の3種類のレイアウトで、データの収集、集計を行いました。なお、後半は、新型コロナウィルス感染症対策の観点から、スツールの間隔を離したレイアウトとしました。
レイアウトA.10月12日~12月19日(46日間)
レイアウトB.2月4日~2月28日(25日間)
レイアウトC.3月17日~4月13日(28日間)
結果
結果
検出した人の数:日ごとの推移

まずは、シンプルなデータ=「動画から検出された人数」を見てみましょう。横軸が10月14日~4月13日までの「日」を、縦軸がその日に検出された「人数」です。5分ごとの人数を足し合わせているため重複があることや、屋外の人が(ガラス越しに)検出されていることなど、正確さには課題がありますが、この場所の概ねの来訪人数の推移をつかむことができます。(土日は多く、休館日は少ないのがわかります。 )
レイアウトごとの移動軌跡の傾向
レイアウトA
レイアウトB
レイアウトC
それぞれのレイアウトの一日に、この場所を通った人の歩行軌跡を見てみます。下の3つの動画は、5分間に通った人の軌跡が青い線で描かれた連続画像です
不自然に線が曲がっていたりする部分が所々に見られますが、どの辺りを通ったのか、どのあたりで立ち止まったのか、について、大まかなパターンが見てとれます。



レイアウトAでは、建物の外周に沿った窓際の動線を歩く人が多いことがわかります。レイアウトBでは、画面奥側で動線が折れ曲がるなど、細かな動きが多く見られます。レイアウトCでは、動線がかなり多様になっており、屈折が多くなっています。
このように、各レイアウトごとの動線の傾向の違いを説明することができそうです。スペースシンタックスの空間指標との関係を見てみましょう。
考察
考察
レイアウトごとの移動軌跡の傾向
人の経路選択は、スペースシンタックスのインテグレーション(近接中心性)指標と、関係が深いことが知られています。













人の経路選択は、スペースシンタックスのインテグレーション(近接中心性)指標と、関係が深いことが知られています。
各レイアウトのSpace Syntaxの指標分布を見ることで、人々の自然な歩行経路について、大まかな傾向を予測することができそうです。
では次に、スツール利用の分布について調べてみましょう。

レイアウトごとのスツール利用の分布状況
最後に、スツールの位置ごとの使われ方の違いについて見ていきましょう。
各レイアウトの代表日における映像解析から、各スツールを使用していると思われる時間(秒数)を測り、一日ごとに集計したデータを用います。
まず、レイアウトAでは、どの位置が最もよく使われたでしょうか?

エリアの南端、ラビットチェア近くのスツールが最も長い時間使われていることがわかります。
北側の端部も比較的長く使用されています。

比較のため、同じレイアウトAの別の日(12/7)についても見てみます。
やはり、壁側の南端周辺の値が大きくなっています。

レイアウトBではどうでしょうか?
スツールの数を半減し、間隔をあける配置にしていますが、やはり南側、壁際の利用時間が長くなっています。

続いて、レイアウトCです。
このレイアウトでは、ラビットチェアを無くしてみましたが、それでも壁際の利用時間が最も長いことが示されました。
これらの理由について、Space Syntax的な観点から考察しましょう。









1.公共的な空間での人の行動(パブリックライフ)の調査への映像解析技術の活用可能性
技術の特長
利点
- 人手がいらず、自動でデータが取れる
ビデオカメラを設置できる場所であれば、どこでも可能。 - 長時間・長期間の「量」の推移がわかる
人通りが多い、少ないなどの量の変化は簡単にデータ化が可能。 - 特異な現象が起きた時も逃さず記録できる
極端に量が変わった時などの前後の様子がわかる。 - 分析方法を後で考えることができる
プログラムの工夫次第で、数値データを様々に集計できる。
欠点
- 設置時に細かな調整が必要
設置場所や画角などによって認識の精度が異なる。 - 得られるデータが「ビッグ」すぎる
データの取扱いだけでもけっこうたいへん。 - 細かな行動など「質」的な情報収集が困難
表情の分析などの新技術が出てきているが、まだ意味解釈は難しい。 - 事後の分析に、かえって時間がかかることも
現地での観察では「割り切り」がしやすいが…。
活用の可能性
- 人の「量」や、大まかな傾向を示すには有効
→ 長期間にわたって自動でデータを得られるため、増減の傾向などを理解するのには向いていると言えそうです。 - 細かな現象など、場所の「質」的な特性を把握するのは困難
→ 人の表情や全身の動作などを認識する技術が現れはじめているので、今後、いくらか可能になると思われます。

2.休憩用のスツール(イス)のレイアウトの違い、位置の違いによる、使われ方の違い
結果の概観
- 動線との関係、壁や窓との関係、隣接するイスとの関係などで使われ方が変わる
→ まず、移動経路は、近接中心性が高いところが選ばれやすことがわかりました。
→ 一方で、イスの選択は、周囲の物体との関係(引きがあること)によるようです。



考察・今後の展開
- イスのレイアウト、位置によって、使われ方が違うことをデータで示した
→ 今回の手法で、イスごとの5分間のうちの被使用時間をデータ化することができました。可視化したデータでは、明らかに位置ごとの被使用時間が異なること、つまり使われ方が違うということを示すことができました。 - Space Syntaxの空間特性指標と、人の移動経路・着座行動との関係を示した
→ 人の移動経路と近接中心性指標との関係を示しました。また、着座位置(スツール)の選択についても、空間指標を用いて考察しました。統計的な分析はまだ足りていませんが、比較することや大まかな傾向をパターンで理解することが、エビデンスに基づくデザイン議論の第一歩であると考えます。このように、設計者の直感のみに頼るのでもなく、また、厳密すぎたり杓子定規だったりする分析でもない、思考や議論を活性化するアプローチが、Space Syntaxが目指すところです。 - 場所の特性よって相応しいレイアウトを選ぶ技術には、さらなる向上が必要
→ 今回得られた知見が、普遍的なものなのか、美術館に特有の(あるいは、21美だけの)現象なのかを明らかにするには、他の美術館や公的な滞留空間で同様の調査・分析を行う必要があります。また、この知見に基づいて、より好ましいレイアウトに変更し、改善効果を確認する・・・という試行錯誤のプロセスも求められるでしょう。またいつか、どこかで、この検討・議論の続きを行えればと思います。